昨日の記事は「前編」とタイトルに追加しました。今回が後編になります。

 CPUが8Bitから16Bitになったのは1980年台で、のちにMS-DOSになるOSが開発されたのもこの時期です。国産では三菱電機の「Multi16」が最初だったように記憶していますが、大ベストセラーとなったのはご存知NECの「PC-9801」です。当時なぜか「9801って99の2乗じゃん!」と盛り上がっていました。そう言えば表計算ソフトはLotus1-2-3でしたね。

 この頃から記憶媒体はフロッピーディスクになります。あのドクター中松さんが原型を作成した話は有名ですが、一般に普及したのは5.25インチのものでした。今時の若者はフロッピー自体知らないみたいですが、実は3.5インチのフロッピーは知っていても5.25インチのペラペラなフロッピーは見たことがないという人も増えているんですよね。
 3.5インチフロッピーにも複数規格があって、2DD(720KB)と2HD(1.2MB、1.44MB)が混在していました。初期の1.2MBと1.44MBは互換性が無く、とても苦労した切ない思い出が蘇ります…。フロッピーディスク自体は最近まで生産していたのですが、遂にEOLとなってしまいました。昔のPCを引っ張りだしてRAID組みたいと思ったときにフロッピードライブとディスクが無いとお手上げなんですよね。空きストックがもう6枚くらいしか無いんです。使い回すかぁ…。

 容量的に不足気味になったフロッピーディスクに変わって登場したのはCD-ROMドライブで、これは大きな技術革新でした。500倍ですからね。30枚とかの膨大な量のフロッピーディスクを取っ替え引っ替えインストールしていたソフトがCD1枚でできるようになったのです。のちに出たCD-Rはさらに嬉しかったですね。自分で音楽CDが作れちゃうんですから。もっとも、当時は対応しているプレイヤーが少なく、音飛びも酷かったです。それでも、数十万するプレス用機械を買わずとも焼けるというのは素晴らしいと感じました。

 Windowsが登場したのはこれより早い80年台後半ですが、一般的に広まったWindows3.0の発売は1991年です。MS-DOS5.0と同年のことでした。この時のWindowsはDOSの上にGUIが乗っかっただけのもので、大半の操作はDOSでできましたし、結局WIndows上でもPIFを書いてDOSプログラムを動かしてましたからあまり有益な感じはしませんでしたね。使える色数がDOSに比べて圧倒的に多かったのでペイント系には必須でしたけど。

 そして皆さんもよくご存知の32BitCPU、64BitCPUへとどんどん進化していくわけです。この「Bit」 という単位は、CPUが処理する0か1かの2進数をいくつ同時に処理できるかを表した数で、8Bitだと2の8乗、つまり256プロセスが同時処理可能という意味になります。そして16Bitになると単純な2倍ではなく65536に、32Bitだと4294967296になります。この時点で2の64乗を計算機に打ち込むのがイヤになりましたので、64Bitはどうぞご自分でお願いいたしますm(__)m

 まぁこのブログは主にソフトウェアについて扱っていく予定でしたので、前回・今回のような内容は畑違いの気もするのですが、やはりハードの進化も知っておかなくてはならないというのもまた事実なのです。なぜなら、スマートフォン等の普及はCPUのプロセスルールの微細化に依る部分が相当大きいですし、サクサク動くソフトだって、処理速度と記憶容量に余裕のあるハードウェアがあってこそ初めて存在が可能なものだからです。プロセスルールについても、書くと前・後編では収まりきれないくらいの量になることが予想されますので割愛しますが、たまにはソフトウェアはハードウェアの上で動いているということを認識しましょうという意図で、こんな話題もお届けするかもしれません。あしからず。